2026.6.7「目を天に向けようともせず」ルカ18:9-14

イエス様は前回に続けて、たとえを語られます。たとえには二人の人物が登場します。一人はパリサイ人、もう一人は取税人です。当時、パリサイ人は信仰深く模範的な人物として尊敬されていました。一方、取税人はローマのために税を集める者で罪人の代表のように見なされていました。同じように神殿へ祈るために上って行った二人でしたが、その祈りの姿は全く対照的でした。

パリサイ人の祈りは、神様に向かうものではなく、自分と他人を見て比較し、自分の正しさを確認していたのです。一方、取税人は「目を天に向ける」ことさえできずに「私をあわれんでください」と祈ります。この言葉には「私の罪を赦し、贖ってください」という切実な願いが込められています。他人との比較はなく、自分ではどうすることもできず、ただ神様の恵みにすがるほかないとの祈りでした。

そしてイエス様の結論は、神様の前で義と認められて帰ったのは、パリサイ人ではなく取税人だということです。それは、「自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」からですが「自分を低くする」とは、ただ神様だけを見上げ、その聖さの前で自らの罪を認め、自分への信頼を捨てて神様のあわれみにすがることです。

私たちは自分の正しさによってではなく、十字架による赦しを信じることで義と認められ、神様との正しい関係へと導かれています。その恵みに生きるとき、人と比較して自分を高く評価することからも低く評価することからも自由にされます。自分の正しさを手放し、神様のあわれみに信頼し、十字架による大いなる赦しと肯定を覚えながら、主とともに歩んでまいりましょう。